「第二回フードインフォマティクス・フォーラム」 講演概要

□講演□ 食品安全における病原微生物のリスク予測、迅速検出および制御技術の開発
(独)農研機構 食品総合研究所  食品安全研究領域長 川本伸一様

□講演□ 家畜ならびにヒトの消化管微生物解析に関する研究動向
(独)産業総合研究所  生物プロセス研究部門長 鎌形洋一様

食品安全における病原微生物のリスク予測、迅速検出および制御技術の開発

(独)農研機構 食品総合研究所  食品安全研究領域長 川本伸一様


最近の大規模集団食中毒事件の発生、牛海綿状脳症(BSE)問題や食品中の残留農薬に代表される有害化学物質混入問題など食品の安全に関する事故および一部企業経営者のコンプライアンス欠如による偽装表示等の食品の信頼に関する事故・事件の多発は、消費者に食品の安全・信頼に関して強い不安感を与えると共に食品業界全体に対する不信感をいだかせるようになっている。

食品製造業界は近年まではより美味しく、より便利でより新鮮な新規食品開発を追求し、食の多様化に答えれば良い時代であったが、現在では、品質向上に加え安全性・信頼性を開発食品に付加しなければ消費者に受け入れられない時代になって来ている。


食品の安全性確保のためには、生産から消費まで一貫した衛生管理が必要であり、その中でも腐敗菌や食中毒菌の汚染・増殖を抑えることは極めて重要である。すなわち、食品の微生物学的安全性確保には、原材料への初期汚染防止、食品中の微生物殺菌および殺菌処理後に残存する微生物の増殖抑制をできる限り行うことが大切である。


最近では、生鮮食品や半加工食品などのいわゆる非加熱食品の消費が急速に伸びている。

これら食品は、加熱殺菌ができないため、食品の安全性確保のためには、食中毒菌の汚染・増殖を抑えることが極めて重要となる。

さらに食中毒菌に対して高い感受性を持つ生活習慣病の罹患者や高齢者の増加問題(我が国はすでに超高齢社会)も加わり、食品製造者にとっては、食中毒リスクを低減するために生産から消費者に至るフードチェーンの各段階でしっかりとした自主衛生管理を行うことが益々求められている。


このような背景から食品総合研究所では、生産・加工・流通現場での自主衛生管理に普及できる病原微生物のリスク予測、迅速検出および制御技術の開発を民間企業などと連携して進めている。


本講演では、実用化・普及段階にある【1】予測微生物学手法を用いた食品微生物挙動データベースMRV(Microbial Responses Viewer)、【2】複数食中毒菌の迅速同時検出キット、【3】食品流通温度管理のための微生物センサー、【4】スプラウト種子の高品質殺菌技術について紹介する。



家畜ならびにヒトの消化管微生物解析に関する研究動向

(独)産業総合研究所  生物プロセス研究部門長 鎌形洋一様


ヒトや動物の消化管では多様な種類の微生物による消化管微生物群集が形成されている。

ヒト大腸では腸内細菌叢と言われる300-400種類、合計で数百兆個の細菌が共生・拮抗しながら棲息しており、それらはヒトの栄養代謝や病原菌への免疫防御機能など、重要な役割を果たしている。

消化管微生物群集の別の例として、反芻動物のルーメン内に棲息する嫌気性微生物群集が挙げられる。

ルーメンはいわば発酵タンクとして、セルロース系飼料成分の効率的な分解ならびに宿主への栄養供給を担っている。

近年、地球温暖化ガス発生源としてのルーメン内微生物群集に注目が集まっており、メタン産生の抑制が大きな研究課題として取り上げられている。


微生物群集の構成種を調べる手法としてかつては培養法が主に用いられてきたが、1990年半ばからはすべての微生物が持つリボソームRNA(16S rRNA)とその遺伝子配列を標的とした培養に依存しない群集解析手法が急速に発達した。

これまでにヒトや家畜の下部消化管や反芻動物のルーメンを対象とした多くの研究例がある。

我々は、PCRに依存しない、より迅速で簡便な微生物の検出定量技術として、微生物由来rRNA分子を配列特異的に切断することを原理とする、新しい微生物定量検出法(配列特異的rRNA切断法)を確立した。

この手法の動物消化管微生物群集解析への応用として、まずウシルーメン微生物群集の網羅的解析を行った。

ついで、乳牛子牛の発育に伴う糞便細菌叢の推移を解析したところ、特に離乳時期に顕著な細菌叢構成の変動が観察され、子牛が成熟した反芻動物になるまでの機能的、形態的な消化管の発達と対応した細菌叢の変化が示唆された。

本手法をヒト消化管にも応用し、ヒト糞便細菌叢の主要グループ検出定量が可能であることを示し、プロバイオティクス含有ヨーグルトの摂取が腸内細菌叢の構成に及ぼす影響を評価した。

この3つの研究課題を通して、動物消化管細菌叢のかなりの部分が2つの主要な門であるBacteroidetes とFirmicutesで構成されていると同時に、それぞれの群集に特徴的な他の微生物群も一定以上の割合を占めていることが示唆された。

さらに、宿主の成長に伴う器官発達、ストレスや食事といったさまざまな要因に対して、消化管微生物群集が迅速に適応して、その分布を変化させていることを明らかにした。


これまでに消化管微生物群集を構成する種の特定を目的に、数多くの分子生態学的研究がなされ、重要な知見が蓄積されてきた。

しかし、一方でメンバーの培養化が進んでいないことから、その存在が明らかになっているものの機能未知の微生物種も多い。

こうした「正体不明のグループ」が群集内でどのような働きをしているかについては、16S rRNA遺伝子情報だけに既存する分子解析手法には限界がある。

そこで近年、消化管微生物群集の機能を明らかにする手法としてメタゲノム解析手法が急速に進みつつある。

DNAシークエンサー等の解析機器の性能はここ5年足らずの間に飛躍的に向上し、一度の解析で大量の遺伝子情報が取得できるまでになって来ている。メタゲノム解析では群集を一つの機能集団として捉え、大量のデータの取得が可能であることから、新規機能の発掘や個体差・食事・発育等に伴う違いや変化も網羅的に解析することが可能である。

こうした中、ヒト腸内やルーメンで形成される細菌叢を対象とした、大規模なメタゲノム解析事例が増加している。

また、機能遺伝子の発現を網羅的に解析できるマイクロアレイも、微生物機能解析手法として有用である。これらの新規技術を組み合わせることで、動物消化管微生物群集の生態学的研究が大きく進み、それらが宿主の健康に及ぼす影響の解明につながってゆくことが期待される。


本講演では、演者が行ってきた群集解析の研究ならびに最近の遺伝子・メタゲノム解析研究の動向についても言及したい。